とろっとろぐ

生き辛い世の中を生きやすく過ごす。

人に依存する人・される人の傾向と考え方について持論を述べてみた

他人へ依存してしまう人の傾向と適切な接し接され方について、持論を述べてみました。

あくまで自分の経験を元にした感想なので、当然ながら全ての人に当てはまるわけではありません。

こんな人もいるんだなーという程度に読み流していただければ幸いです。

 

というか最後まで書いたらオチをつけれなかったので、ここでリターンするのが吉かもしれません。

 

人に依存する人は何を求めている?誰にもでも依存するのか。

私は、友達に対しても好きな人に対しても依存する体質だと思う。

私はなぜ人に依存をするのか。。依存した人にいったい何を求めているのか。。

 

私を自己分析したところ、自分に自信がないから、人に依存にするんだと思った。

 

自信がないから、周りに認められない(認められていても気づかない)

周りに認められないと、社会的にはぶられる(ている気分になる)

本当は認められたくて必要とされたいのに、誰も私を認めてくれない。

そんな私は自信をもって生きてはいけない。

そんな気持ちになってしまうのではないだろうか。

 

そんな私に対して、認めてくれる人(勘違いさせてくれる人)はヒーロー的存在である。

たった一人が認めてくれただけでも、この社会で自信を持っていい資格を与えてくれた気分になる。

 

じゃあ、認めてくれる人なら誰でもいいのか。答えはNoである。

依存する対象の人は、人から認められている人(ように見える人)でなければならない。

 

人に認められている人が私を認めてくれる=みんなが私を認めてくれる

 

そんな錯覚をさせてくれなければいけないからだ。

 

本当に自分は認められていないのか。みんなに認められている人は本当に認められているのか。

多分、多分だけど、能力に差があるのはもちろんだけど、人はみんな社会に認められているし、みんな社会に認められていない。

 

私は私以外の人が何を考えているのかなんてわからない。

私が人がこう感じているだろう何て所詮ただの妄想でしかない。

 

人に認められてない自分を作っているのも、人に認められている人を作っているのも所詮自分なのである。

 

人に依存してしまう人は、悲観的な妄想家で、

人に依存されてしまう人は、楽観的な妄想家ってだけなんだと思う。

 

依存してしまう人は、勝手に

 自分を認めれない自分 = 社会的弱者 (人に依存してしまう私)

 人に認められる人   = 社会的強者 (人に依存されてしまう人)

という生き辛い妄想の中で生きているである。Mですね。

 

結局何が言いたいのか、特にオチも解決策もないんだけども。。

もし少しでも共感できた人がいたならば、自分だけじゃないんだと思っていただければ幸いです。

全く言っている意味がわからなかったのであれば、「自分が想像もつかないようなことを考える人もいるんだな。もしかしたら何考えているかわからないあいつもこんなわけわからないことを考えているのかな」とでも思っていただければと思います。

 

あなたの大切な人生を5分ほど奪ってしまい申し訳ございませんでした。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。